コンセルトヘボウ主義

世界最高のオーケストラ、コンセルトヘボウのことを中心に、個人的に注目している演奏家や音源について書いていきます。

【コンサート】2026/09/19(Sat) 金川真弓/ヴァルチュハ/読響@東京芸術劇場

今日も万難を排して

 

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と言いたいところだが、渋滞でグラズノフには間に合わず。

余裕を持って出たつもりだったのだけれど、東名で事故渋滞にはまり、その後も故障車や自然渋滞が重なって池袋到着が大幅に遅れた。

それでもなんとかチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲には間に合い、今日一番のお目当てだった金川真弓さんは無事に聴くことができた。

 

金川さんのチャイコンは、もっとすっと前へ進んでいくような演奏を勝手に想像していたのだけれど、実際には思っていた以上にテンポを落としてじっくり歌わせるところがあり、少し意外だった。

特に第1楽章の中間あたりなど、ここまで時間を取るんだ、と思う場面もあり、いつもの研ぎ澄まされた印象だけではない、また違った一面を見た気がする。

もちろん音そのものはさすが。芳醇でありながら輪郭がぼやけることはなく、オーケストラが大きく鳴っていても埋もれない。

単純に音量が大きいというより、音の芯がこちらまできちんと届いてくる感じで、こういうところはやっぱり金川さんだなと思う。

 

そしてアンコールのプロコフィエフ《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》第2楽章が実に素晴らしかった。チャイコフスキー以上に、金川さんの繊細な音色や微妙な色の変化がそのまま生きる曲で、むしろ今日一番強く残ったのはこちらだったかもしれない。

細い線の中にもちゃんと芯があって、そこから少しずつ表情が変化していく。金川さんらしい音の美しさを改めて感じた。最後のピッツカートがアンコールにぴったり。

 

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後半はラフマニノフ《交響的舞曲》。

まず弦が本当に美しく、このホールでここまできれいに鳴るのかと思った。厚みがあるのに濁らず、ラフマニノフらしい暗さや艶がきちんと残っていて、読響の弦の良さがよく出ていたと思う。

そしてヴァルチュハで特に印象に残ったのが、場面ごとの空気の作り方。ハープが入ってくる前の、何とも言えない不気味さ。単に弱くするとか暗い音にするというだけではなく、そこへ向かって少しずつ空気が変わっていき、「何かが起こりそうだ」という気配を作っていく。その不穏さがかなり鮮烈だった。

一方でラストは、そこから一気にテンポを上げて突き進んでいく。その落差、メリハリが実に鮮やかで、ここはやっぱりオペラ指揮者だなと思った。音楽をずっと同じ温度で進めるのではなく、場面ごとに空気を変え、緊張を作り、あるところでは時間をたっぷり使いながら、最後は一気にドライブしていく。そういう場面転換の巧さが、《交響的舞曲》をかなり劇的に聴かせていたと思う。

 

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【コンサート】2026/09/18(Fri) 葵トリオ with フレンズ@白寿ホール ― 豊かな低音と、笑顔に包まれた『ます』

今日も #万難を排して

 

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白寿ホール久々だなと思ったら、記録上は2014年以来。

数え落としがなければ12年ぶり?

 

いやー、本当に芳醇な音で至福の時間だった。

前半はシベリウスのピアノ三重奏と、ヴォーン・ウィリアムズのピアノ五重奏。

葵トリオでシベリウスを聴いたのは、おそらく初めて。
シベリウスのトリオ自体、オーケストラ作品ほど聴く機会がないので新鮮だった。

 

そしてヴォーン・ウィリアムズ。

この曲を選んだのは、後半のシューベルト『ます』と同じ編成に合わせて、とのこと。

 

Vn、Va、Vc、Cb、Pfという編成、やっぱり低音が実に豊か。

特に今回は、この厚い低音の上で小川さんの音がよく映えていた。

小川さんは中域から上に向かって伸びていくときの音が本当にきれいなんだけど、今回はその良さがフルに活きていた感じ。

特に第3楽章。

ヴィオラ、チェロ、コントラバスの全奏から始まって、そこにVnソロが入ってくるところ。

ここが最高だった。

低弦の濃い響きの中から、小川さんのヴァイオリンがすっと伸びてくる。

そして、その後に続くチェロソロ。

伊東マニア🤤

ここは完全に持っていかれた。

 

前半だけでもうかなり満足だったけど、後半は『ます』。

こちらは音そのもの以上に、舞台上の雰囲気がとにかく幸せ。

幣さん、終始ニコニコ。

演奏している本人が本当に楽しそうなのが伝わってくる。

第3楽章だったと思うけど、チェロとコントラバスからヴァイオリンとヴィオラに音楽を渡していくところ。

ここで毎度、小川さんと村上さんが笑顔になる。

あれを見ているだけでこちらまで幸せになる。

室内楽なので奏者同士が目を合わせるのは当然なんだけど、単なる合図という感じではなくて、本当に一緒に音楽をやっているのが楽しいんだろうな、と。

こういう演奏はいい。

音が良いとかアンサンブルが良いとか、それだけではなくて、舞台上の空気まで含めて聴いている側に伝わってくる。

『ます』ってこんなに幸福な曲だったっけ、と思うくらい。

さすがにアンコールはなしだが、シベリウス、ヴォーン・ウィリアムズ、『ます』まで聴いて、完全にお腹いっぱい。

久々の白寿ホール、連休前の最高の夜だった。

 

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【コンサート】2026/09/15(Tues) ヴァルチュハ/読響 名曲シリーズ@サントリーホール

今日も万難を排して

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先週のマーラー6がかなりよかっただけに、今回は正直ちょっと期待外れ。

 

前半のシベリウスは、第3楽章は悪くなかった。むしろそこは普通によかったと思う。

ただ、第1・第2楽章はソリストがかなり表現のレンジを絞っていた印象。もちろん好みの問題もあると思うけど、自分には少し絞りすぎに聞こえた。

ソリストの持ち味とシベコンがあまり噛み合っていなかったようにも感じた。第3楽章は悪くなかったけど、第1・第2楽章はかなり表現のレンジを絞っていた印象で、これなら別な曲でもよかったのではと思う。アンコールもシベリウスとの関連性がよく分からなかった。

 

後半はショスタコーヴィチ10番。

木管と弦はよかったと思う。特に木管はかなりよく聞こえていたし、弦も悪くなかった。

ただ、先週のマーラー6に比べると、全体の見通しのよさはだいぶ落ちていたように感じた。

マーラー6のときは、各声部がかなり明瞭に鳴っていて、テンポの動かし方にもメリハリがあった。長い曲でも構造が見えやすかった。

今回はそこまでのメリハリがなく、タコ10の前半の長さがむしろそのまま出てしまった印象。

この曲、前半と後半のバランスの取り方が難しいと思うけど、第1楽章が少し冗長に聞こえてしまって、後半とのバランスもあまりよく感じなかった。

第3楽章のホルンも、冒頭からかなり明確に音を外して、その後もしばらく不安定だった。

生演奏なのでミスはあるけど、読響であそこまで分かりやすく崩れるのは珍しい気がする。しかもあの楽章ではかなり重要なソロなので、単発のミスとして流すには少し大きかった。

 

終演後、木管にはかなり拍手が出ていた一方で、ホルンへの拍手はそれより小さめ。ブーイングこそなかったけど、会場も多少は同じように感じていたのかもしれない。

 

あと、これは好みの問題もありそうだけど、最後のティンパニの音も少し粗く聞こえた。

締めとしてもう少し輪郭がほしかったところで、最後まで少し引っかかりが残った。

 

ブラボーは飛んでいたし、ヴァルチュハもカーテンコールに再登場していたけど、自分はそこまで残らず帰った。

自分の中ではこれは結構珍しい。

 

自分のコンディションもあるかもしれないけど、それでも今回は最後まであまり乗り切れず。

 

先週がよかっただけに、余計に落差を感じた演奏会。


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【コンサート】2026/09/13(Sun) ヴィオッティ/東響@オペラシティ――奇を衒わず、じっくりオケと向き合う

今日も万難を排して。

 

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今日は東京オペラシティで、ロレンツォ・ヴィオッティ指揮、東京交響楽団の演奏会を聴いてきた。

プログラムはスッペ《詩人と農夫》序曲、モーツァルトの交響曲第38番《プラハ》、シューベルトの交響曲第2番。こうして曲目だけ並べてみるとかなり保守的なプログラムで、いかにも「名曲をきちんと聴かせます」という感じなのだけれど、実際に聴いてみると、むしろそういうところがヴィオッティらしいのかなと思った。

 

まずスッペの冒頭から、なんとも言えないウィーン的な気品がある。音を必要以上に尖らせるでもなく、テンポやアクセントで何か新しいことをやっていると主張するでもないのに、ちゃんと空気が変わる。モーツァルトも同じで、最近よくある古楽寄りの軽快さや、かなり速いテンポで一気に押していく感じとは少し違って、全体としてはやや遅め。良くも悪くも昔ながらの演奏という印象だった。

 

ただ、それが古臭く感じられないのが面白い。

ヴィオッティは、何か変わったことをして自分の解釈を強く見せるタイプではないのだと思う。むしろ、作品そのものの佇まいを大切にしながら、オーケストラの響きを自然に整えていく。だから演奏を聴いていても、「ここがヴィオッティのアイデアだ」と思わせる箇所が次々に出てくるわけではない。でも気がつくと、全体に非常にノーブルな空気が漂っている。

 

本人の立ち姿や振る舞いもそうで、あまり「俺を見ろ」という感じがしない。作品があって、オーケストラがあって、その間に指揮者がいるという順番が崩れない。それが結果として、今回のスッペやモーツァルトに非常によく合っていたように思う。

 

そして今回かなり印象に残ったのが、東響の音そのものが良い方向に変わってきていることだった。

特に低弦が自然に鳴っている。

東響はもともとヴァイオリンや木管の美しさに魅力があるオーケストラだと思っているけれど、低弦が薄いと、その上の音が少し浮いて聞こえることがある。今回はチェロやコントラバスが無理なくしっかり鳴っていて、その土台の上にヴァイオリンや木管が乗ることで、むしろ東響本来の良さが前よりはっきり見えるようになっていた。

 

シューベルトでは特にそう感じた。

 

低い声部がきちんと支えていることで、上にあるヴァイオリンの響きや木管の色彩が自然に冴えてくる。何か派手にオーケストラのキャラクターが変わったというより、重心が少し下がって、全体のバランスが良くなってきたような感覚に近い。

こういう変化は、短期間で作れるものではないと思う。

 

こうして聴いてみると、ヴィオッティはやはり気を衒わずにオーケストラと向き合って、少しずつ響きを整えていくという点では、かなり長期戦向きの指揮者なのだと思う。

任期延長が発表されたのも、そう考えるととても納得がいく。

数年後に振り返った時、「この頃から東響の音が変わり始めていた」と思うことになるのかもしれない。短期的な派手さより、いつの間にかオーケストラそのものが良くなっている。そんな関係になっていくのであれば、今後はかなり楽しみである。

ヴィオッティと東響、しばらく継続して聴いてみたいと思った。

 

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次は土曜日のフランツ・シュミットの『7つの封印の書』

 

 

【コンサート】2026/09/11(Fri) 両者の深化著しい、カーチュン/日フィルのタコ7

今日も #万難を排して

 

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今回のカーチュン・ウォン指揮、日本フィルのショスタコーヴィチ《交響曲第7番「レニングラード」》を聴いて、演奏そのものの素晴らしさはもちろんだったのだけれど、それ以上に強く感じたのが、カーチュンと日本フィルの両者がかなり成長、深化していて、関係そのものが以前とは少し違う段階に入っているのではないか、ということだった。

 

まず印象的だったのが弦で、低弦はしっかり鳴っているのだが、決してゴリゴリ押してくるような重い鳴り方ではなく、むしろヴァイオリンとヴィオラが非常に美しい。音量が上がっても荒れたり濁ったりせず、ショスタコーヴィチ7番という、どうしても重量感や音圧の方に意識が向きやすい作品の中で、下がきちんと鳴っている一方、上声部にはかなり透明感が残っていた。

 

ここ数年の日フィルを聴いていて感じていたことではあるけれど、弦の音そのものがかなり変わってきているように思う。以前よりも鳴るようになっているのに、音が分厚くなる方向だけではなく、特にVnとVaに美しさが出てきたというか、量感と透明感が両立するようになってきた。

 

そして今回、それ以上に面白かったのがカーチュンの指揮だった。

第1楽章、小太鼓が一定のリズムを刻みながら同じ主題が何度も繰り返され、徐々に編成と音量が増していく有名な場面。こういうところは、指揮者がかなり細かくクレッシェンドを管理したり、テンポやバランスを整理したりすることも多いと思うのだが、今回のカーチュンは驚くほど何もしなかった。

「何もしなかった」というと少し違うのだけれど、拍を細かく振るわけではなく、身体を少し捻ったり、奏者の方を見たり、表情を変えたりする程度で、かなり極端に言えば顔で指揮しているような感じだった。それでもオーケストラは全く迷わず、小太鼓のリズムに乗りながら自分たちで少しずつ音量を上げ、音楽の密度を増していく。

 

見ていて一瞬スヴェトラーノフかと思うくらいだったのだけれど、これはもちろん放置しているわけではない。むしろオーケストラ側が、この先どこへ向かうのか、どれくらいの速度で音を膨らませていくのか、どこまでエネルギーを溜めて、最終的にどこへ到達するのかということを、かなり深いレベルで共有できているからこそ、指揮者が一拍一拍を管理する必要がないのだと思う。

 

必要な瞬間だけ、身体の向きや視線や表情で方向を示して、あとはオケに任せる。その任せ方に全く不安がないというのが、今回かなり印象的だった。

 

この演奏を聴きながら思い出したのが、以前のマーラー《交響曲第8番》だった。

あの時も非常に立派な演奏だったし、巨大な編成を破綻なくまとめて、構造も明確で、完成度としてはかなり高かったと思う。ただ一方で、自分には少し折目正しすぎるところもあるように感じていた。

当時のカーチュンはかなり細かく振っていて、大きな作品を自分の手でしっかりコントロールし、細部まで整理していくような印象が強かった。だから演奏としては非常に整っているのだけれど、マーラー8番という作品にある、もう少し危うい巨大さというか、オーケストラが自発的にうねっていくような感覚は、今ほど強くなかった気がする。

 

ただ、今振り返ると、あのマーラー8番を一緒に作り上げた経験そのものが、両者にとって一つのターニングポイントだったのではないかという気もしている。

あれだけ巨大な作品を共に作る中で、カーチュンは日本フィルがどこまで自分たちで音楽を作れるのかを知り、日本フィルの側も、カーチュンが何を求めているのかを、以前より少ない指示で理解できるようになったのではないか。

 

以前は「カーチュンが日本フィルを動かしている」という印象がもう少し強かったのだが、今はかなり違う。

カーチュンが大きな方向を示し、日本フィルが自発的に音楽を作り、そのオーケストラの反応を受けてカーチュン自身もまた音楽を変えていく。そういう双方向の関係になってきているように見える。

単に指揮者がオーケストラをうまくコントロールできるようになった、という話ではないし、日本フィルが単純に上手くなった、というだけでもない。両者が一緒に時間を重ねる中で互いに変わり、その間にある関係自体が深くなっている、ということなのだと思う。

 

そう考えると、今もう一度聴いてみたいと思うのがマーラーの第9。

以前カーチュンがこの曲を演奏した時は、自分の好みとはかなり逆のことをやっているように感じて、正直苦手な演奏だった。自分はマーラー9番には、細部を整理しすぎるよりも、もっと長い呼吸で音楽が流れ、特に終楽章では時間そのものが少しずつ崩れていくような感覚を求めているのだが、以前のカーチュンはそこをかなり明確に形作ろうとしているように聞こえたからだ。

ただ、今回のショスタコーヴィチ7番を聴いていると、今のカーチュンならどうなるのかはかなり気になる。

以前ほど自分で全部を動かさず、オーケストラに任せることができるようになった彼が、今の日フィルともう一度マーラー9番を演奏したら、おそらく以前とはかなり違うものになるのではないか。

以前は苦手だった演奏を、今ならもう一度聴いてみたいと思える。それ自体が、このコンビがどれだけ変わったかを示しているような気もする。

今回のショスタコーヴィチ7番で最も強く感じたのは、単純な完成度の高さではなく、カーチュンも、日本フィルも、そしてその両者の関係も、かなり深いところまで来ているということだった。

首席指揮者とオーケストラを長く聴いていく面白さは、まさにこういうところにあるのだと思う。

カーチュン・ウォンと日本フィル、今かなり面白いところまで来ている。


みんな本当にいい顔してたなぁ。
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【コンサート】2026/09/08(Tues) ヴァルチュハ/読響 マラ6@サントリーホール

今日も #万難を排して

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今日はヴァルチュハ/読響のマーラー6番。

ヴァルチュハを聴くのは初めて。

 

聴き始めてすぐに、

「あ、オペラ指揮者だな」

と思った。

 

才気があって、全体を見渡す大局観もある。
どこで音楽を進めて、どこで歌わせるのか。その見通しがとてもよい。

結構快速で引っ張っていくのだけれど、緩徐部分ではたっぷり歌わせる。

この緩急の作り方が、いかにもオペラ的だった。

 

そして、今日の読響はいつもより明るめの音色に感じた。
指揮者が変わると、オーケストラの響きも変わる。そのあたりも面白い。

ただ、見通しがよすぎる、というのもある。

次に何が起こるのか。
ここからどう持っていくのか。

それがとても分かりやすい。

音楽の流れにはすんなり乗れるのだけれど、もう少し予測不可能なワクワクが欲しい感もあった。

 

もう一つ気になったのが、フレージングの切り替わり。

さすがは読響、各ソロパートは綺麗に決まるのだが、大きな流れはよく見えている一方で、そのつなぎ目には粗さを感じるところがあった。

 

ただ、ここは今日の演奏だけで決めつけたくない。

ヴァルチュハが他のオーケストラを振ったら、どうなるのか、同じように切り替えの粗さが気になるのか。
それとも、もっと自然につながって聴こえるのか。

指揮者の音楽の作り方によるものなのか、オーケストラとの呼吸によるものなのか。そのあたりは聴き比べてみたい。

初めて聴いて、才気と大局観はよく伝わってきた。

だからこそ、別のオーケストラとの演奏も聴いてみたいと思った次第。


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大雨の予報が出ているので、カーテンコール見送った後は早めに会場をあとにした。

【コンサート】 #伊東マニア やっててよかった 2026/09/04(Fri) 大野/都響 ドン・キホーテ@サントリーホール

今日も #万難を排して

 

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今日は、昨日に続いて伊東マニア。

前半はラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。

昨日よりも、今日はピアノが断然よく聴こえた。

特に印象に残ったのは、冒頭と中間部でのタッチの美しさ。一音一音が繊細なのに輪郭はぼやけず、すっと立ち上がってくる。

昨日よりも大野さん、オーケストラとの呼吸が噛み合っていたように感じたし、音楽全体の流れもずっと自然だった。

そして最終楽章のコーダ。

そこまで積み重ねてきたものを一気に解放するように、ピアノのボルテージがぐっと上がっていく。その高揚感がとても気持ちよかった。

アンコールは昨日と同じ曲。

今日は奥さまのお誕生日だったそうで、その話を聞いてから聴くと、昨日とはまた少し違って響いた。

そして後半の《ドン・キホーテ》。

こちらはもう、終わった瞬間に出てきた言葉が、

「生きててよかった」

だった。

昨日とはホールも違うので単純に比較はできないけれど、今日はすべての音がものすごくダイレクトに入ってきた。

伊東さんも、いつもの穏やかな表情とはまるで違う。

凛とした表情。
そして時には鬼気迫るような表情。

一音一音にものすごい集中力があって、チェロから音が出ているというより、伊東さん自身から音楽が噴き出しているように感じる瞬間すらあった。

演奏が終わったあとの都響の団員さんたちの表情も印象的だった。

みんな満面の笑み。

演奏者同士でしか分からないものもあるのだろうけれど、その表情を見るだけでも、今日の演奏が特別だったことは伝わってきた。

こんな経験、本当にない。

だからこそ終演直後に書いた、

「#伊東マニア やってよかった」

という言葉は、今もまったく変わらない。


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そして終演後。

せっかくなので伊東さんに、

「生きててよかったです」

と感想を伝えようとした。

……のだが。

話している途中でこちらの顔を見た伊東さん、

「えーー?!髪どうしたんすかーーー!!」

いや、そこ!?😂

思わず笑ってしまった。

あれだけ凄まじい演奏をした直後なのに、ステージを降りれば完全にいつもの伊東さん。

弾き終えたあとは、もうオフモードに戻っていた。

2日間追いかけて、演奏を聴いて、最後がこのやり取り。

たぶんこれも含めて、ずっと忘れない2日間になると思う。

 

伊東マニア、やってよかった。

 

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