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コンセルトヘボウ主義

世界最高のオーケストラ、コンセルトヘボウのことを中心に、個人的に注目している演奏家や音源について書いていきます。

【コンサート】ラザレフ/日フィル ショスタコーヴィチ4番、弦セレ 2014/10/24(Fri)

今年最後になる、ラザレフ/日フィルのコンサートに行ってきました。

 

2014年10月24日(金)
日本フィルハーモニー交響楽団
第664回東京定期演奏会

 

<演目>
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
ショスタコーヴィチ交響曲第4番

 

<演奏>
指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィルハーモニー交響楽団

 

 

チャイコフスキーの弦楽セレナードは甘美なメロディーでCMにも使われる曲ですが、ラザレフは手加減を一切せず、猛特訓したであろう弦パートから緻密なサウンドを引き出すのを聴いて、最初からこんな凄い演奏をやってスタミナ大丈夫なのか?と思うくらいでした。

 

15分という短めの休憩を挟んで後半はショスタコーヴィチの4番。
当局の批判を恐れたとも、ラザレフ曰く「凄いの書いちゃった」と机にしまったとも言われ、1937年の5番の初演から遅れること24年後の1961年に初演された曰くつきの曲。
ラザレフはショスタコーヴィチのこの曲が初演された時の楽譜(ショスタコーヴィチからの賛辞が書かれている)を持っていて、作曲家からの信頼が伺えます。

 

指揮台に立つと、ほぼ間髪入れず、強烈の一撃。まさに迷いは一切なしの伝導者としての「かくあるべし」演奏。

特に第1楽章から鋭い切り込みで、クライマックスまで持って行く時の音圧が想像以上のものでした。

特にトランペットのクリストーファリさんとトロンボーンの藤原さんの輝かしくも繊細な音は終始、圧倒的な存在感!!

弦は前半のプログラムで頑張りすぎたせいか、特に第2楽章~第3楽章冒頭で集中力を欠くところがあったものの、最後の最後は力を振り絞り、最弱音を絞り出すように音が消えていきました。

ラザレフは再度、しばらく静止して、天に祈るように上を見つめて手を下ろしました。

その静寂の長いこと。

この曲、聴いているだけでも足がすくんでしまうくらいずっしり来るので、弾いてる側は寝ることが出来ないくらい相当エネルギーを使うのではないかと思います。

いつもは陽気なマエストロも楽屋ではさすがにお疲れの様子。団員の方々は足早に帰宅された方が多かったです。

土曜公演は完売らしく、やはり注目度がすごいことが分かります。
お疲れでしょうけど、さらにいい演奏をしてくれることを願っています。

 

今日は終演後もずっしりくるものがあり、ショスタコーヴィチマーラーの何倍も重たいのですが、人としての究極を考えさせられる曲です。
ただ、その分前進する力を受け取れる気がします。

 

ショスタコーヴィチは晩年こう語ったそう。

 

「指導部が、私に懺悔して自分の罪を償うように、執拗に私を説得した。だが私は断った。当時は若狭と肉体的な力が、私に味方したのだ。私は懺悔の代わりに交響曲第4番を書いた」

(『作曲家@人と作品 ショスタコーヴィチ音楽之友社/2005年より引用)